【北上夜曲】

この歌は、昭和20年代の初めごろから、岩手県盛岡、宮城県仙台あたりから自然 発生的に歌われ始めました。  盛岡や仙台の大学・専門学校に各地から遊学していた学生たちが帰省の際に持 ち帰って、後輩などに教えたことから、しだいに全国に広まり、昭和30年代初めに は歌声喫茶の定番曲の1つとなりました。 これに着目したレコード各社はレコード化を企画、作者を捜したところ、作詞 者は岩手県江刺市出身の菊地規(のりみ)、作曲者はその友人の岩手県種市町出 身の安藤睦夫と判明しました。  菊地が詞を作ったのは昭和15年(1940)12月、安藤が作曲したのは翌16年(19 41)2月だったといいます。菊地は水沢農学校、安藤は旧制八戸中学の生徒で、 2人ともまだ十代でした。  昭和36年(1961)、各社競作が行われ、和田弘とマヒナスターズ+多摩幸子 、ダークダックス、菅原都々子などが歌い、いずれもヒットしました。  松竹・日活・東宝などの各社も映画化し、一大ブームとなりました。私は日活 作品を見ましたが、どうしようもない愚作でした。  長い間、作者がわからないまま歌われてきたため、ヴァリアントが非常に多い のが特徴です。  たとえば、私は高校時代、1番の最初の1行を「香りゆかしき白百合の」と歌 っていました。「見目うるわしき白百合の」としている歌集もあります。  4番の最初の2行を「雪のちらちら降る宵に/君は楽しい天国へ」としている 歌集もあります。  また、3番のあとに次のような聯が入っているヴァージョンもあります。